• ハイジの窓

アルプスの少女ハイジをご存知?
彼女はアルムの山小屋の屋根裏の干草のベッドで寝起きしている。
なんといっても素敵なのは傍らの丸窓。
大人になって気づいたのだが、なんとあの窓にはガラスが入っていない。
冬が近づき雪がが降り出すと、部屋の中やハイジの上にも雪が降り積もる。
凍死寸前である。
そこでおじいさんが藁で窓をふさいでしまう。
山は雪に閉ざされてしまうので春がくるまで全てはお預けなのだ。

遮光カーテンが広くでまわっている。
本当に必要な方達には大事なものだと思うが、
ネコも杓子もどこにもかしこにも・・・というのはどうか。
あの質感も嫌だ。
遮光カーでンでどうしたいの?何をさえぎりたいの?
まぶしいの?えっ?本当?
だったら遮光カーテンした上で、豆電気つけて寝るのはやめようよ。
個人的に・・・内にも外にも、光はほんのり漏れて欲しい。
完全に「さえぎりたい」なんてちょっと不気味に思うのだ。

雪が降りこんだりするのは勘弁して欲しいが
ハイジのようにベッドの上で星を眺めたり、月明かりを浴びたりしたいものだ。
そして朝日が差し込む中で目を覚まし、
「小鳥さんたちおはよう♪」
なんて能天気に歌って見たいものだ。
なんちて、実際のわたくしは低血圧で朝から歌どころか
ホントは声を発するのも嫌なのだが。
夜にはもう少し闇を作ろうよ。
遮光カーテンでつくる闇ではなく。
明かりを工夫して、街ももう少し暗くったって良いんじゃないかな。


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  • 照らされる

夜の動物園に行った。
「懐中電灯持参」と書いてあったので用意していったら
入り口のところで発光部に赤いセロファンをかけられた。
動物に対する配慮かな?と思った。

街がすっかり明るくなってしまっているので
普段、懐中電灯で足元を照らしながら歩くということがない。
園内はそんなに暗いのか?と期待した。
しかし園内にはいると街灯が所々にあるため、懐中電灯が必要なほど暗くは無かった。
それでも懐中電灯をつけて歩く人がほとんど。
「不必要に明るい」ことにみんな慣れっこになっているのか。
動物の檻の前ではさらにひどかった。
檻の中の動物を多くの赤い光が追いまわし、照らし出していた。
夜の動物の生態を観察する・・・どころではなかった。
満足に扱えない「光」を手にしている、この人間どもをどうにかしたほうがよい。
光の存在は安心を与える。
でも無神経な光は攻撃的でもある。


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  • エネルギー

むかし、むかし。100年くらい前。
オフィスビルは部屋の奥行きが浅く、天井が高くなっていた。
蛍光灯も無かった頃なので自然の光や、風を取り入れるにはそうせざるを得なかったんだそうだ。
終戦以降、技術革新後のオフィスは、奥行きが深く、天井が低いという形に変って行く。
人工照明や空調に頼りきりの穴倉オフィスというわけ。
オフィスに限らずマンションなんかでも平然とそういった間取りにしてあるところもある。
昼間から電気をつけなければならない部屋など、我が家もそうだ。
このマンションを建てた建設会社は電気会社からココロザシでもいただいているんではないかと
疑いたくなる。
そんな仕掛けに躍らせられながら、「節電、節電♪」なんていらぬ心配をしなくてはならない。

先日のアメリカのテロ事件でビルの上層部にいた人が非常階段で避難をしたが
途中でつかれきって具合が悪くなっていた人もいたそうだ。
あのような悲惨な事件は2度と起こるべきではないが
改めて自分の足で地上に戻られないほど高いところには上りたくないと思った。
階段は続いているのに体力の限界が先に来てしまっては非常階段も意味がないじゃないか。

熱帯であるマレーシアで自然と共有する建築物をつくっている建築家がいるらしい。
「太極(ターチー)的建築」といって建物も自然も生み出される根源は同じという考えだそうだ。
技術は進んでも相変わらず私達は酸素を吸って2足歩行をしている地球上の生き物のひとつということを忘れてはならない。


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  • お店とおこさま

小さなおこちゃまを抱えている人達ほど禁欲的な人種もいないんじゃないかと思う。
修行僧のように俗世から離れ、ひたすら滅私奉公の毎日・・・
子連れ狼たちにはさりげない日常なんてない。
ちょっと外出するだけでも子供以外に大量の荷物。
出かけた先のトイレにはヘビーキーパーがあるか?
オムツ交換、授乳などのスペースがあるか?
銀行に行ってはどうやってバッグを開けたらいいんだろうと悩むことさえある。
飲食店に入ったらいの一番に「子供椅子」をゲットしなくてはならないし、
全てがおこちゃま中心に回っているのである。
でも自分の行動がおこちゃま中心だからといって世間もそうかというと全くそうではない。
そこで子連れ狼が吼えるのである。
だって、だって、わたくしたち、ついこないだまではちやほやされた若い娘だったのよ。
なんなのこの仕打ちは!なんなのよ。社会は未来を担うおこちゃまを抱えたわたくしたちを締め出す気?どうにかして頂戴。

先日、とあるカフェにおこちゃま連れではいった。
店内には子供椅子はなし。
子供椅子が似合う雰囲気の店内でもなかったし、「まあ、いいか」と注文をしようとしたら
店員が座布団のようなもの持ってきた。
店の椅子デザインを壊さないようにジャストサイズでつくられた上げ底シート。
「子供椅子はないわよ」と見せかけておいて物陰からシートを出してくるなんて、
なんて奥ゆかしいんでしょ。子供に媚びない配慮がうれしかった。
子供は社会が育てるものだが、子供も社会の一員として少しづつ大人にあわせた環境に慣れて行かなくてはならない。
いつまでも「おこちゃま仕様」にあぐらをかいてちゃいけないんだよ。
おこちゃまたちも、大人たちも。


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  • スタバみたいな

いまや全国津々浦々スタバ(スターバックスコーヒー)だらけ、
スタバまみれだそうだ。(それはいいすぎ)

わたくしは陽光あふれるカフェー(のばすな)よりも薄暗い喫茶店の方がスキだ。
それは単に性格かしら、どんより。
じゃなくて年かしら、さらにどんより。

システマチックでオシャレな雰囲気にはどうしても馴染めない。
なにがって、尻よ、尻。
照明がカンラカンラと照りつける店内に
みすぼらしいくすんだ格好をして入った時のように、
ぽっかり浮き上がっている(沈み込んでいる?)感じがする。

「スタバも知らないの?ばーか、ばーか。」とか
「ダサダサぶー」とか
「ビンボー、ビンボー。」とか言われて、仲間はずれにされているような気がする。

いや思いっきり被害妄想だけど、そんな気がする。
不似合いというものはそういうものかもしれない。


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