部屋のコーディネートについて尋ねられることもある。 「この形はどうかしら、色はどうかしら。」 立体的なものになることや、素材や色の分量がどの程度になるのか想像がつきにくく不安になってしまうようだ。 わたくしは、我流の着付けで着物に袖を通すことがあるだが 「この色どう?あうかしら?」 コーディネートは経験の積み重ねでもある。 あとは、「センス」だろうか 好む感じというのは人それぞれ。 ベビーカーの中の赤ちゃんがいくらかわいらしいからといってそっくりそのままサイズを変えて同じ格好をしてもマヌケなだけ。ばぶー 空間も同じだ。 自分の好みがはっきりしているヒトは自分の部屋を好む感じにするために試行錯誤をくりかえしているうちに今日の洋服を選ぶように自然にコーディネートができるようになる・・・かもしれないね。 「経験」と「センス」を持ち合わせたプロのコーディネーターを頼るのもいい。 |
バリアフリーとユニバーサルデザインっていうか 平たく言うと「みんなで仲良く暮らそうよ」ってことだ。(まじかよ) 「みんなで仲良く暮らす」ための空間作りをしようとわざわざ口にすると言うことは、恥ずかしいけど今までそれが出来ていなかったということだね。 「みんなで仲良く暮らす」なんてごくごく当たり前なのだが 空間を作るヒトだけでなく、物を作るスベテのひと あなたも 「みんなで仲良く暮らす」にはみんなの力が必要だ。 |
子供のころ読んだキュリー夫人の伝記のなかで 幼いキュリー婦人が、沢山の兄弟姉妹と大きな机を囲んで勉強していた。 というエピソードがあったと思う。 大人はどうだか知らないが、赤ん坊の場合、寝かせつけようと思ったら 実際赤ん坊を抱えたまま怒鳴ったりしていると寝てしまうことが多い。 集中力とは、周りの情報の処理を放棄するということかもしれない。 個人個人の学習机を用意して、机に向かうという習慣を身につけさせなければという説もあるので |
私が30のころは、30って言えば結構年増だったけど、今の30は若いね。 でも、そういうときはね |
わたくしのハハ方のHおばあの荷物を整理することになったとき(まだ生きている) 「いらないものが多すぎる!」 デザインや色、どれも変り映えのしない洋服、帽子。 結果、Hおばあの持ち物のほとんどがゴミになってしまった。 この夏、私が帰省して実家をかたづけようと言い出したら 「私にあるものは思いでだけだから、残りの人生思い出に囲まれて生きるの。」 なんてのたまう。 身辺整理というのは体力的にも精神的にもエネルギーが必要なことで 死んだときは「麻袋ひとつでした」なんて田中正造みたいに |
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